脚本を書く目的|シナリオ教室の劣等生

脚本を書く目的

 

脚本を書く目的ってなんでしょうか。

 

そもそもなんで脚本、シナリオというものが取り沙汰されているかが分かっているようで分かっていないと感じています。

 

管理者自身もなぜ脚本なのでしょう、映像には他にも魅力的なパートがたくさんあるじゃないですか。
脚本は制作過程の1パートに過ぎませんし、管理者はプロでも何でもありません。

 

アニメなら脚本でなくても絵かき、背景美術、仕上げ、色彩設計
絵が苦手なら演出、編集、音響、文芸・・・いろいろあります。

 

シナリオを書けても、特別な境遇でもない限り、映像化なんて夢物語です。自費でなんか当然できません。
無論、シナリオスクールだって書いたシナリオを映像化する、具現化することは出来ていません。

 

それなのになぜシナリオは、管理者含め一般人の思い入れが強いのでしょうか。
管理者は個人的に、文章なら書けると思ったから脚本を勉強しました。
管理者は実際には文章だってうまくなく、このサイトのコピーライティングだって褒められたものではありません。

 

でも、下手でも脚本シナリオを知っていくと何気に面白いのです。
特に制作の前工程なので好き勝手に発想できるところが自由があってよろしい、管理者は自分に合っていると思いました。

 

それはプロデビューでもしてから言え!ってなものでもありますが、事実上成長過程なのです。
ぜひご覧頂いている皆様とともに成長したいのです。

 

根本的な問題を考えてみましょう。
脚本の目的ってなんでしょうか。目的がハッキリしなければ向かう先も理解が出来ません。当然です。

 

 

カタルシスの解放

 

言葉の意味は調べてみて下さい。そんなに難しくありません。
シナリオスクールでも講義で出てきます。

 

要するに映像を見た人が、見たことによっていろんな ”満足” を得られる結果、と考えて差し支えないと思います。

 

映像の前段階での設計者である脚本家はこの目的の為に腐心するのです。
そしてこの目的は制作上一貫しています。

 

戦時中の国威高揚が目的の映像、事実のみを追求するドキュメンタリーなどもたくさんありますが、このサイトは平和な2次元よりなので、
このカタルシスの解放が主とした目的になるでしょう。
なにせ、自衛隊だっておとぎの国へ行っちゃうのですから。

 

カタルシスの解放は ”ハッピーエンド” と同義ではありません。

 

それは観客が求めているひとつの終わり方であって、みんながみんなそのような結末を望んでいるわけでもありません。
ただハッピーエンドは多数派の人たちの求めている事には違いありません。

 

逆にバットエンド、アニメは人がバッタバッタと殺されてナンボ・・・と考えておられる方もいます。

 

何を持ってしてその人の ”カタルシスの解放” に貢献するかは様々なのです。
そしてこの ”様々” がアニメという拡張性に優れているコンテンツの汎用性を後押しして多種多様なニーズを満たすに足るのです。
たまたま我々はそんなコンテンツの先進国に住んでいます。

 

反面、多種多様はあらゆるテーマに対応出来るものだから、毎クールたくさんのタイトルが作られます。
ちょっと広く、浅く的な傾向も否めませんね。

 

小難しい理屈はともかく、我々シナリオ初心者はともかく書かなくては上手いも下手もありません。
その時にどうしてもテーマとその行きつく先を設計しなければなりません。

 

 ”カタルシスの解放” が行きつく先として どうすればそのように着地できるのか、それは既存の映像を見て覚えるしかありません。

 

その方法論は別のエントリーページで紹介しますが、ともあれ初心者はハッピーエンドを目指すべきと思うのです。
 「ハッピーエンドなんて、つまんない」 とおっしゃられる方には条件を差し上げます。

 

それは、どんなテーマでもハッピーエンドにする、ということです。

 

テーマが 死だろうと、殺人事件であろうと、ヒットラーであろうと、七つの大罪であろうと、ハッピーエンドを目指します。

 

シナリオを書いてみるとお分かりになりますが、初心者が暗いテーマに直面するとその暗いトーンを最後まで引きずります。
悲しいテーマだと、結末まで悲しい終わり方をします。

 

たぶんテーマに引っ張られて最後まで変えられずに行ってしまうものと推察されますが、これでは観客の大多数の要望に応えた事にはなりません。
シナリオスクールでは、このような観客の反応まで考慮して添削していませんし、そもそも目的意識だってハッキリしていません。

 

どんなに暗くてネガティブなテーマでもなんとかしてハッピーエンドにもっていく訓練が有効的と考えます。
そうして上手くなってからバットエンドに意味を持たせることがようやく出来るようになるものだと思うのです。

 

ただアニメはなんでも描けるからといって、凄惨なシーンてんこ盛りにしてみたり、人間性を無視した描写ばかりで個人趣味に走ったようなものは、それは個性ではなくただの独りよがり、自己満足の世界で稚拙なのものであり 脚本とは呼べません。

 

シナリオスクールにはこう言った客観性ももっと示してほしかったと感じました。

 

 ”カタルシスの解放” が目的とするならばそれは初心者もプロもありません。
逃げられない映像の現実なのです。

 

だから初めからそういうルールに従って勉強しなければなりません。

 

車で事故を起こしていけない現実は昨日免許取ったばかりの初心者であろうと、50年の運転歴があるベテランであろうと変わりが無いのです。

 

我々脚本勉強家は映像の設計者なわけですが、映像を完成させれば終わりではないのです。目的は観客に満足してもらえること、
 ”カタルシスの解放” を与えられる事なのです。

 

それが出来ればキャリアはともあれ脚本家と名乗ってもいいのではないでしょうか。

 

これから取り組むテーマをどうしたらハッピーエンドに変えられるか、よく考えてみてください。
それだけでも発想の幅が広がるはずなのです。
何を書いていいか分からない・・・からこのテーマをハッピーエンドにするには・・・と思考の拠り所が出来るはずなのです。

 

 

描くべきは人の ”普遍性”

 

 ”初心者もプロも目的は変わらない” 変わらない繋がりではありませんが、どんなテーマでもどんな設定でも変わらない本質があります。

 

それは人の ”普遍性” です。

 

つまり、人の営みに照らし合わせて物語を書くということです。これを無視すると観客に相手にされません。

 

ドラマに関して魅力ある映像の条件なんて山ほどあります。
感情移入できるとか、展開が意外性に富んでいた、キャラクターが愛おしかった・・・
映像を見た人の評価は様々で、アニメなんか特に食いつけるところが多いので同じタイトルでもファンによって押すところが全く違ったりします。

 

それもこれも何がベースとなっているかと言うと、それは人の ”普遍性” なのです。

 

昔から変わらない人の営みや行いが見ている人の感情に訴えかけます。心の琴線に触れられます。
どんな設定のドラマでも、ロボットが出てこようと、魔法少女が出てこようと、遥か未来の架空の世界が出てこようと、人間が登場する限り人の普遍性抜きに物語は作れません。

 

シナリオスクールの教書では人間の本当のところをえぐり出せ、と記されていますが、これも本当に言葉が足りないのです。
何をえぐり出すのか、それが人の ”普遍性” なのです。

 

人の営みにまつわる感情や理由をうんと深いところまで追求してドラマを見ます。
深くて複雑で、ある種面倒くさいところまで表現してみせます。それが人間を探求する、えぐり出すことになるのではないでしょうか。

 

ただし、あくまでも抽象論であり いくら ”普遍性” を追求しろと言われても具体的な対象を書かねばなりません。
人の営みは人の特徴のひとつであって、具体的な人、個人ではもちろんありません。

 

ですからシナリオスクールみたいに分解して解説するのではなく、あくまで具体的なキャラクターがあって、そのキャラクターの具体的な感情として人の営み、”普遍性” を加味して、時にはデフォルメして拡大解釈します。
アニメではオハコな部分です。

 

デフォルメがあまりにもリアリティとかけ離れていては、えぐる以前に説得力が消えてしまいます。最近そんなアニメが多いと感じますが。

 

キャラクターに人の普遍性 「愛」 を追求しようとしたとします。
初めは小さな 「愛」 からだんだん盛り上がっていきます。現実的にはある一定の常識的なところで落ち着きますがあえてもっともっと拡大解釈させます。
恐らくその先に待っているものとは 「破綻」 ではないでしょうか。破綻して初めて最初の感情を見つめ直すことが出来たりします。

 

その工程を物語の時系列で表現していきます。感情の浮き沈みや想いのぶつかり合いや迷いを描きます。
それは思い入れが深くなればなるほど、鮮明に表現しやすくなります。そして深い感情までキャラクターを追い込みます。
キャラクターは周りに遠慮が無くなります。キャラクターの地が出ます。人の感情で惹起する部分だって人の普遍性の一部です。
それを書きます。

 

そして「破綻」という不幸な結果になろうとも物語としてハッピーエンドに持っていくように仕上げます。
例え小さくても幸福な着地点を用意します。そこには何かしらの変化を加えなければ、つまりキャラクターが変わらなければハッピーエンドにはならないはずです。
それが結果的にドラマとして成立する要素になります。

 

少し安直な例かもしれませんが、こうしてキャラクターから発想すれば管理者的に比較的楽な想像で物語が作れます。
これが、ただ人を描けだのえぐれだの、普遍性を追求しろだの、特徴や分解した物事のみの解説ではわからなくて当然なのです。

 

まずキャラクターがいてテーマに向かおうとします。その時には人の普遍性に沿って思考して行動します。

 

どんなバッドキャラクターでもこの普遍性を与えると一気に観客との距離が縮まります。
シナリオスクールではキャラクターに共通性を持たせろと教わります。そうしないと感情移入できないというのですが・・・
共通性とは”弱点”と訳していました。
でも、それ以前にまず普遍性をキチンと与えるべきです。普遍性こそ観客も含めた共通性なのですから普遍性無くして弱点も何も無いと思います。

 

共通性については他のエントリーページで考えてみたいと思いますが、人の普遍性があって共通性が活かされます。
普遍性はキャラクターにデフォルトで装備されている訳ではないのです。特にアニメの場合はそうです。
ですからまずは普遍性を示して、そして弱点を与えて共感を呼び込むのです。

 

人をちゃんと気遣うだけの優しさのある、背筋の伸びたキャラクターを見せておいて、ドジっ子ぶりが共感を呼ぶのです。面白くなるのです。

 

このように人の普遍性を描くことは人が登場する物語に欠かせません。なんか自動的に最初から当然視されているのが不思議でならない管理者なのです。

 

それは脚本を書く目的、人の物語を創造することともリンクする基本的な要素なのです。

 

 

 

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第一章 シナリオ構築の全体像
  • 参考に過ぎません
  • 必要な作業とは
  • 小から大へ向かう
  • この作業に取り組める人とは

第二章 実作業に取り組みましょう
  1. テーマの設定
  2. ログラインの決定
  3. お話しの骨格を設定する
  4. キャラクターを作ってみよう
  5. プロット出しでアイディアを量産する
  6. 箱書きで構成を検討する
  7. 下書きシナリオ執筆
  8. 推敲と清書

第三章 お話しの作りはお手本からマネをする
  • 現実的な“マネ”とは

第四章 コンクールに応募する場合
  • 応募要項は鉄板ルール
  • スケジュールに気をつけよう
  • 添付するあらすじについて


※PC画面で23ページ、16075文字



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