シナリオ脚本参考記事アーカイブ

シナリオ脚本参考記事アーカイブ記事一覧

脚本を書く目的ってなんでしょうか。そもそもなんで脚本、シナリオというものが取り沙汰されているかが分かっているようで分かっていないと感じています。管理者自身もなぜ脚本なのでしょう、映像には他にも魅力的なパートがたくさんあるじゃないですか。脚本は制作過程の1パートに過ぎませんし、管理者はプロでも何でもありません。アニメなら脚本でなくても絵かき、背景美術、仕上げ、色彩設計絵が苦手なら演出、編集、音響、文...

小説、漫画のような文字や絵を見せる媒体、アニメ、実写、映画の様な映像媒体、ゲームのように選択肢が選べる媒体等、一口に媒体=メディアといっても全く仕組みが違う。特にアニメでは相変わらず原作モノが台頭している昨今、”アニメ化” はメディアミックス路線と相まってタイトルの既定路線となりつつある。でも媒体の移行は ”アニメ化” だけでは語れない。それぞれ時間の使われ方に大きな違いがあるのだ。それを考慮しな...

シナリオスクールでは 教本、参考書の類はあまり無かったと思います。講義でも「教本の何ページから・・・」なんてあんまり記憶に残っていません。一応事務所に行けば、参考書は売ってはいるのですが、積極的には販売していません。管理者が学校関係者でしたら もっと積極的にクロスセルするのですが・・・それはともかく やはりシナリオスクールから発信されるものでは  「足らない」 と感じました。シナリオの参考になる参...

このサイトの存在意義も含めてたびたびリサーチをしている情報発信においてニーズは無視できないからだ。シナリオを理解したいと思っている人はどんな事を感じて、何を求めて参考書、指南本をお金を払って読んでいるのだろう。シナリオに限らず情報発信する場合は“レビュー”が役に立つ。読者レビューを見ていて思う事本当はリサーチ目的でアマゾンの読者レビューを眺めていました。このサイトが皆さんのニーズにマッチしていない...

オリジナリティがなければ作家にはなれません。その人の発信するもの、その人固有のオリジナリティが認められて作家となるのです。見たり聞いたり感じたり、観客からみた作家のオリジナリティはなんとなく分かるのですが、それを発信する側になろうとした場合、どうやって見つけられるものなのでしょう。作られるものなのでしょうか。誰にでもあるオリジナルここで考察するオリジナルとは映像の歴史における原点(オリジン)ではあ...

オリジナルって、何を持ってしてオリジナルと言えるのか。そもそも我々リアルな人間も何かの線引きされた基準やルールにのっとって生きている。その線引きは誰かの作ったもので自分のオリジナルではないし、その仕組みが無ければ人類は発展してこれなかっただろう。この世に未開拓のオリジナルなんて存在するのか。シナリオにおけるオリジナルとは何か考えてみる。パクリとパクリをくっつけるとオリジナル?ぶっちゃけそんな感じで...

オリジナルが書ければ作家になれます、とは前述した。オリジナルとは その人固有の個性ともお伝えした。そして脚本、シナリオに関して個性とは自分が面白いと感じるところなのだ。面白いと感じて自分の作品に反映させるのだ。ここで気が付く事がある。それは「この発想、アイディアは ほんとうにオリジナルなのか」「自分勝手にオリジナルと錯覚しているのではないか」「人のパクリに過ぎないのではないか」よっぽど俺様な人でな...

柱について、語れることはあまりない。こうして記事を書いていても 「柱って何か特徴があったかな」 と思うほどネタが無い。隠してもしょうがないので、正直に申し上げる。それでもシーンの指定は柱でしかできないセリフときて、ト書きとくれば、あとは柱だけ。そう、シナリオはこの3つしか書けないのです。たったこの3つのカテゴリーからしか表現できません。なんと窮屈な仕組みでしょうか。地味〜な柱の存在は、それでもここ...

脚本では人の動き=動作を伝える手段としてはこの ”ト書き“ に書くしかない。しかも、書き方としてはあくまで無機質に、単調に、感情を込めないで、棒のように書けと教わる。基本的に動作指示なのだから分かり易く簡潔に書くべきなのだ。でも、感情表現含め、表現はセリフとト書きの2通りしか脚本家には与えられていない。ウソつきセリフと正直者のト書き前述のセリフのカテゴリーページにて、”セリフは大嘘つき” と申しま...

人の喋りを表現するセリフを考える時に知っておきたいことがある。それは我々人の喋るという行動の特徴である。なにげにセリフを考えていると、なんとなく自動的に踏襲しているものでもあるのだが、頭の中で区分け出来ているとイメージしやすいのである。キャラクターが存在している状況セリフを探求する前に、キャラクターがどのような状況に置かれているかを考えてみます。小難しいかもしれませんが、要するにキャラクターが一人...

※このエントリーページで解説している ”セリフ” とは、映像コンテンツのものであります。演劇、戯曲ではありませんのでご承知の上、お読みください。シナリオを語る際にあまり分解して説明しない方がいいとは思う。シナリオには一連の流れがあって、その流れはキャラクターの個性から広がるものだからだ。キャラクターが喋るセリフは、原稿用紙に書く順番からいえば、柱、ト書き、セリフと最後になるが2次元ではご存じの通り...

脚本、シナリオにおいて何が一番大事か、それはキャラクターである。物語は設定や構成ももちろん重要ではあるがキャラクターの魅力ひとつでどうにでもなってしまう。映像の設計者である脚本家はキャラクターの創造主とも言い換えられるのだ。そんな事実があるにも関わらずシナリオスクールの最上級生は ”一番難しく考えているのは構成” というそれは脚本家の役割を理解していない設定や構成は脚本家が通しきれない部分がある。...

自分はモデルになれない、でも他人をモデルにしてキャラクターを作って自分の表現が出来るのか。この矛盾にお気づきだろうか。他人をモデルにする理由はカンタンで「自分の事より見える(観察できる)から」である。「自分」以外は他人しか存在しない、ということもあるのだ。なんで自分はモデルになれないのかそれは自分で自分を客観視することが非常に難しいからなのです。管理者もシナリオスクールの課題提出において「過去の自...

なぜ キャラクターは自由に動くのか、本当に自発的に動いているのか、おおいなる疑問である。もっとシステマチックに、性格やクセ、特徴、喋り口、挙げたらキリのない人の ”種類” を予め設計しているものとばかり思っていた。そしてそれが出来るのが映像制作者なのだとばかり思っていた。だから ”才能” が求められるのだと・・・そんな疑問の探求はそんなに見聞を広げなくてもあっさり答えが見えるのだ、そう、あなたでも...

物語を語る上で一番プライオリティが高いのがキャラクターである。 これは揺るぎない事実である。構成や設定、俳優やキャスティングはキャラクターに勝ることはない。しかしながらこの原則を貫けているのか、現在放映されているアニメ作品はこの原則を堅持したうえで構築されているのか、答えは ”否” である。キャラクター不在の弊害制作上プライオリティの高いキャラクターの破壊力は想像以上に凄まじいものがあります。魂込...

キャラクターの優位性が理解できるとストーリーが付いてくる。何度も言うがストーリーあってキャラクターが存在するわけではないキャラクターがストーリーを紡ぎだすのである。リアルビジネスでもリアル社会でも同じで我々人がいて物語が生じるのだ。決して社会があって人がいるのではない。原則を無視するから歪みが生じるのである。キャラクターが一番であり、リアルでも我々人間が主役。そこからしか物語は生まれない。キャラク...

絵コンテ、演出の仕事とはシーンの具体化である。シーンのカット割りを決めたり、キャラクターの演技を付けるものである。シナリオを基に実際の映像を決めこんでいく難しい仕事なのだ。シナリオの段階では曖昧でもよかったものでも、絵コンテ、演出はそうはいかない。それを知っていなければ、シナリオは絵に書く以前の餅に過ぎないのだ。シーンは動いているシナリオ執筆時に我々は何を考えてシーンを思い浮かべているのでしょうか...

脚本を執筆してホン読みに提出した最初の原稿、第1稿が決定稿となることはほとんどない。それは脚本家のアイディアと現場との磨り合わせを行った原稿ではないからである。脚本は制作上かなり前工程である。故に後工程の事情で改変されてしまう。改変される運命にある。だから、完成映像から見ると 元の決定稿シナリオは体を成していない。脚本を書きかえる事を許さない脚本家もいると聞くがそれは周りの仕事を理解していない。な...

脚本は映像の設計図であるが 完成映像から見た決定稿は もはや原形を留めていない。最初の決定稿からあらゆる制作陣の要求に応え続けた結果である。故にアニメシナリオとはただの ”叩き台” なのかと思ってしまうがそれは間違いである。はじめに結論付けておくが、脚本家の書くシナリオは必要である。直されまくるシナリオでも必要なのかアニメの制作は他の映像制作と同じで共同作業のたまものであります。その中で脚本家のポ...

我々は、デフォルトで、脚本は書けない。ではどうすれば ”書ける“ ようになれるのか。シナリオスクールで教わることはシナリオの入り口にしか過ぎない。書式は簡単である。問題はその先にあるのだが、そこまで親切に教えてはくれない。それが現実なのだ。書き続けなければ書けなくなる一応、管理者も含めてこのサイトをご覧になっている方は基本的に脚本が書けない人だとお見受けします。どうすれば脚本、シナリオが書けるよう...

シナリオでの創作に慣れていない人は原稿用紙での手書きを勧める。管理者も基礎課程は全て手書きでこなした。それは人の生理に沿った創作術に基づいている。キーボードでは、便利だが想像や感性に触れられない、または触れにくいのだ。手書きのススメ初めてシナリオを書く人は、200字詰め原稿用紙に手書きで書きましょう。そのココロは基本的なシナリオの仕組み、書き方を身体で覚えることがまず一つ。イメージを文章化する場合...

シナリオ、脚本は映像を作る為に書き、その映像は観客を楽しませるために存在する。裏方1発目の脚本家は直に観客と接しはしないが、シナリオ、脚本の文字文章という形を提示することでお客さんと邂逅する。書いた物語がいいのか悪いかのかの最終結論はお客さんが判断する。その立場を理解せずにシナリオ、脚本は書いてはいけない。お客様視点なんかファミレスのウェイトレスに教えている事みたいですが、この理屈はシナリオライタ...

管理者がシナリオスクールに通った目的のひとつがこれ、お話しの作り方である。でも、正直分からなかった。抽象的過ぎて理解が及ばなかった。結局、分からなかったからシナリオスクールを離れた。周りを見ても分かっていそうな人はいなかった。それでもTVには毎日違うお話しが湯水のごとく流れている。これには法則性が無いのか、説明できないのか、そんなことはないのである。邪魔なモノの排除から ”ドラマとは変化である” ...

映画を見るべし。なかなか映画館にわざわざ行って、お金を払って映画を見る事は慣れていないと面倒くさいものではあるのだが映像に携わる者として身につけたい習慣でもある。その理由の一つが、唯一といっていいほど簡単に出来うる”感じる”場であることなのだ。映像を見て何かを感じる事は、家のテレビでも出来そうなものだが、実は違う。家のテレビと映画館の整った設備の環境下では伝わってくるものがケタ違いなのだ。他に人が...

実際に書いてみる、ただし作品として自分から出力するシナリオにはタイミングが存在する。今書きたい、書いておかなければ忘れてしまうこの感覚、という場合に書くべきで、「書かなきゃいけない」ではない。義務で書いてはならないのだ。書けるところまで書いてみる、枚数制限なんて気にしない、思いっきり思うままに書くことが重要である。いわゆるゾーンに入れれば成功の一歩。プロットなんていらない。プロットに縛られると可能...

推敲(すいこう)とは、いわゆる ”見直し” である。書いたシナリオは書きっぱなしでは完成しない。見直しをして熟成させないといいものは上がってこないのだ。その見返しにもコツがある。寝かして熟成させる正攻法一般的な推敲法のひとつは ”書いたら寝かす” です。その名の通り、書き終わったら一旦筆をおいて何もしない時間を置きます。どのくらい時間をかけるのかは 人によって違いますけれど、2〜3日は欲しいですね...

皆さんはシナリオを書くときに何から発想を求めるのだろうか。何も無いところから何かを辿っていってイメージを膨らましていく、たぶんこんなところではないだろうか。いきなり天から舞い降りてはこないアイディアはどこからやってくるのだろうか。身も蓋もない話だがアイディアは自分からしか生じない。まずは自分のリソースを知る実はこの記事を書く直前までシナリオスクールに提出した課題を検証していました。今、改めて見て、...

脚本家は何もない所からスタートする。この仕事は無から有、0から1を発想することにある。そして頭脳イメージを紙に書き写すのだ。映像の仕事において発想の源とされる専業職なのだ。だからなにかしら発想しなければ仕事にならない。その一見クリエイティビティを求められるような仕事は、選ばれた人しかできないのだろうか。方法はないものだろうか。それを考えてみる。糸口の寄せ集めと拡張管理者はクリエイティブというもの、...

発想の転換とは 管理者もよく指摘を受けたものだ。自分のイメージしか頭に浮かばないものだからそうなるしかないのだが”転換”とは何を意味するのだろう。作者によってそれぞれ”転換”の意味合いもやり方も違うとは思うのだが、ひとつの解釈として拡張することが転換につながりはしないだろうか。それはシナリオを書こうとした時に共通するものでもあるのだ。発想は拡張で生まれる前のページでは些細な小さい糸口を徐々に広げて...

人は理由がなければ行動出来ない。行動しない。なんにつけても根拠や訳がある。人の世はそうやって出来ている。そして理由は理解できようが出来まいが関係なく必ず存在する。フィクションのシナリオでは実際のところリアルより重要である。シナリオでは、ぶっちゃけ理由が物語を動かしている。理由、訳、根拠、動機、そこんところを考えてみる。年収1億円欲しいですか?唐突ですが、年収1億円欲しいですか?欲しいですよね。十中...

シナリオってとても不便にできている。場所の指定と動作、様子の描写とセリフしか書けない。物語に意味があるにも関わらず、大切な意味が含まれているのにも関わらず、直に書けないのである。映像の設計図なのに正確に書けない、それ自体が矛盾でもあるがその矛盾がシナリオの魅力かもしれない。でも現実的に訴える術を考えねば溜まるのはストレスしかない。どうやって伝えるのか、それが間接表現である。意味が通るという表現法 ...

シナリオ、脚本の作業とはデスクに向かってひたすら書き続けることになる。原稿用紙、パソコンを前にして さあ、どうするか・・・となる。ハッキリ言っておくがこの環境に答えは無い。座り続けていても絶対にいいアイディアは降りてこない。脚本初心者の管理者だって実感することなのだ。0から1を創作するにはもっと行動しなければならないし、そのほうが早い。どんなことをすれば頭が回るのだろうか。執筆は基本最悪な環境学校...

シナリオを書くときに一番どこからヒントを得られるのだろう。それはたぶん、日常なのではないか。作者その人の何気ない日常、それは作者本人しか体験しないオリジナルなものなのだ。何の変哲もないかもしれないが、作者の視点が入っていればオリジナルになりうるのだ。見慣れた風景から、自分のオリジナルを抽出してみよう。日常は俯瞰できるネタ元いつでも常時作家目線でいろ、とは誰にも言えないところでしょう。でも、何かの拍...

シナリオはいきなり書かない。学校の作文とは違うのだ。ちゃんと設計を構想しないと途中で見失う。ちゃんと設計しないといけないのだが、最初はちゃんと作り込んでもいけない。シナリオのガイドラインを守りつつもフレキシブルに発想していきながら書いていくのだ。シナリオは書き方書式は決まっていても 書く方法は千差万別で人によって違う。だから、これだ、という方法は自分で探すしかないし、誰も教えられない。制約も無い。...

前ページ 「シナリオ、脚本を書く前に」 の続きを書きます。お話しの「骨」を考えるUもう少し説明します。原稿用紙1行以内、つまり一言でこれから書くシナリオの説明文を書きだします。もしイメージが湧かなければ実際のドラマやアニメでもいいです。古い名画でなくてもいいので、今日見た映像を一言で説明してみてください。管理者が今日見た映像はといいますと・・・なにがあったかな?そう、アニメですがAT−Xでクオリデ...

テーマ、骨、タイトルと決めてようやく本文に取り掛かれるのだがそれでもまだ原稿用紙に○は打てない。ボヤ〜っとした全体のイメージを整理してアンチテーゼからテーゼ、ジンテーゼに向かう方針を立てるべきである。お話しの核となる部分には心砕くことになるが、ここで詰めが甘いと納得いくシナリオは完成しない。でも、シナリオの醍醐味はここにあるのだ。本文を構成する要素とは前準備で揃えた材料をさらに膨らまして本文にして...

シナリオの構想は難しい。それでも難しい難題を解決出来れば、それはかなり面白いと感じる。満足を得られる。例えつたないシナリオでも作ってしまえばそこからまた発展できるし、精度も上がる。だから、諦めないでほしい。どんなエピソードでも面白くすることは可能なのだ。広がり続ける発想と指針ファーストシーンは思い付いたでしょうか。別に劇的でなくてもいいっちゃいいのですが、激しい何かがあったほうが今後の発想に貢献し...

お話しの構成は誰もが悩むところであろう。確かに表現方法において物語の構成は善し悪しを左右する。シナリオスクールの上級生でも構成が1番難しいと言う。だが、本質に沿っていれば構成は必然的に導く事が出来る。その本質とはなにか。構成の要素とはシナリオを書く時になんだかやたら悩まれると噂される構成について考えてみたいと思います。その前に構成って、何を構成するのか確認しておきましょう。映像はシーンの集まりであ...

ようやく本文を書けるところまで辿りついた。まどろっこしい準備は本当にメンドクサイものであるが下準備は何事においても必要である。解説はしなかったがアイディアを出す為に取材だって行うべきなのだ。デスクにかじりついていてもいいアイディアは出てこないのである。ある程度ではあるが”とりあえず”で思い付いたものを決定していかねばならない。書いてみると分かるがシナリオに無駄な記述の入る余地はない。ペラ1枚なんて...

すべからく ”とりあえず” でいいから書いてみて完成させよう。書式にのっとって自分のイメージを信じて書いてみて、書き終える事がなにより大事なのである。これが出来ないと脚本を書くという表現法は 自分に向いていないことになる。これまでの解説で書き始めて書き終える事は決して努力範囲を超えていない。枚数が少なくても良い、徐々に増やせばいいことである。内容がつまんない、どうすれば面白くなるか考えるいい機会に...

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