原作モノ台頭の昨今|シナリオ教室の劣等生

原作モノ台頭の昨今

 

原作のある企画のアニメ化が主流の時代である。

 

確かに特殊な世界感を本気で創作しようとするならば相当な時間がかかるであろう。

 

専業の作家でも年単位以上かかるものでもある。

 

一人の作家が生涯何本創作できるのだろうか。

 

価値の高いコンテンツを一つの媒体に留めないで 多角的に商業化するのがメディアミックスである。

 

そこに落とし穴があるのだ。

 

 

 

 

原作コンテンツの特性を知っておかねば破綻する

 

オリジナルの作品で勝負!というスタンスはシナリオスクールでも同じです。
 ”脚色” という授業もありますが あまり積極的ではありません。

 

それはオリジナルが書けなければ そもそも通用しない、脚本は書けないという事実があります。
なぜ ”書けない” のか、
それは脚本というものは 例え原作があってもオリジナリティが求められるという特殊性にあります。

 

当たり前ですが、脚本と同じように 文字を使って構成される文章表現にしても 小説、ラノベ、
漫画、ゲーム等はそれぞれ観客(お客さん)に提供する伝達方法(媒体)が違います。

 

つまり原作をまるまるコピーは出来ないのです。

 

小説を一字一句まる写しで映像にした場合、登場人物に小説通りのセリフを言わせても、全く印象も違うし、面白くない以前におかしな映像になってしまいます。

 

アニメ化、映像化に関しては、もともとの伝達方法が違う他の媒体から作品を持ってくるので加工が必要になります。
原作を作り直さなければ、映像になりません。

 

ここに大きな問題が生じます。

 

原作モノのアニメ化(映像化)は 登場人物や設定は引き継げても 物語の真意(特に原作者の意図)は反映されにくい、表現しにくい構造に成らざるを得ないのです。

 

原作がある場合、特別な配慮を施さないと 映像として完成出来ません。
アニメを作る為、設計者である脚本家は、媒体変更を強いられます。
それが脚色です。

 

原作の尺が長ければ削るしかないのですが、どこまで削るかは原作者の意見は無視できません。

 

短ければ新しいエピソードを加えざるを得ないのですが、原作者を尊重した形にしなければなりません。

 

原作者がいない場合は、作品の色を変えずに脚色しないとモノが変わってしまします。
脚本家は繊細な作業を求められるのです。

 

原作から まる写しすることができる部分は登場人物と設定の一部くらいしかありません。
肝心の原作者の ”意志” は 「代筆」 することになります。

 

なぜ、原作者の意志まで まる写しできないのか、

 

それは原作者が原作の媒体のルール(特性)に則って書かれたもの、だからです。

 

脚本家は原作の形、ルールを破って加工しなければ映像化できません。

 

一番手っ取り早いのが 原作者自身が脚本を書くことなのですが、原作者は脚本家出身でもなければ書けない場合がほとんどです。

 

もちろん書ける人もいます。ゲームではゲーム専門の脚本家が存在してゲームシナリオを書いています。
ルートが一つだけのアニメシナリオは技術的に敷居が低いと言えるでしょう。

 

それでもゲームはゲームの専門の脚本家であり、アニメはアニメの、小説は小説の専門家がいます。
クリエイターは誰でもマルチに活動できるわけでは・・・一人でなんでもは、こなせないのです。

 

器用な原作者はさておいて、原作者が存在する場合、媒体チェンジするためのルール変更には、脚本家の力技が必要になります。
原作の意図をくみ取り、穴を埋めて、絵を動かし、映像に必要な脚色を施します。

 

この時にオリジナルが書ける ”創作力” が必須になります。

 

正直、脚本家の立場から言えば、難しい、というか面倒くさいのが原作モノの正体です。
オリジナルであれば脚本家だけの裁量でどうにでもなります。
実際はプロデューサーとか監督の意向も十分加味したものを書かねばならないのですが、原作モノは これに原作者の意志を反映しなければ・・・

 

破綻します。

 

よほど意志疎通が出来て原作者と脚本家が納得しあわなければ、

 

原作者は「や〜めた」となります。

 

企画が飛びます。それくらい原作者は自分の作品にプライドがあります。
作品において原作者は “神” です。力関係ではプロデューサーより上かもしれません(原作者より編集者かもしれません、ケースバイケースなようです)理解しあえなければ、撤収もありえます。

 

原作モノを扱う脚本家は原作者の納得を得ないと話が前に進みません。
なので、原作モノはやらないという脚本家さんもいます。

 

いずれにしろ脚本家がオリジナルくらい書けないと、それこそ話が進まないのです。

 

 

 

原作と映像は似て非なるものナリ

 

ご理解されているとおり、脚本は映像の設計図です。
脚本をそのまま読んで つまんないことはないにしても読み手の対象はあくまで映像制作者、関係者に限定されています。

 

この時点ですでに ”原作” と呼ばれているものと種類が違います。

 

設計図としての脚本、完成品としてのラノベや小説。
スタートの段階でブツとして大きな隔たりがあります。

 

読むべき対象者がパブリックである原作モノと、オフィシャル向けの内部文書的な脚本・・・
特殊なところの1点目です。

 

さらにアニメの原作の代表格といえば、ラノベ、漫画、ゲーム、ですが これらと脚本との大きな違いは観客(読み手)の ”都合” で鑑賞できる、プレーできる、ということです。

 

対して設計図としての脚本を使って完成させたアニメ(実写も同じですが)は ”映像” になっています。
映像は観客が操作できません。一度流れ出したらエンディングまでノンストップで止められません。

 

特殊なところ2点目は お客さんが作品を消化する ”時間” です。

 

DVDで一時停止できるじゃん、と言われそうですが映画館に ”一時停止” はありませんし、映像は時間の経過とともに物語が表現される芸術なので 画面の動きを止めたら その前の映像は確認できません。

 

一時停止した画像だけが画面に映っているだけでは意味不明な媒体なのです。
前のシーンは巻き戻さなければ見れませんし、逆再生しても訳の分かんない映像しかなりません。

 

漫画みたいにパラパラとめくりなおして、都合のいいところ(記憶の確かなところ)から読み返しなんて、映像にはできません。

 

 ”映像” は鑑賞することを観客に任せていないのです。

 

映像は観客を縛っている、時間を拘束して見せています。
原作と言われる媒体はその点、読者、プレーヤーに物語の経過を依存しています。

 

なにが言いたいのか、というと

 

原作とアニメ化された映像は、そもそも違うもの、別物である、ということです。

 

同じようなキャラクターが同じような設定の中、なんか同じようでいてニュアンスの違う世界感で物語が進んでいく・・・
それが当り前なのです。

 

アニメを含む映像は 時間とセットになって観客を魅了します。
ですから属性で言えばラノベやマンガは似てはいますが同類ではなく、音楽、演劇、ライブが映像と同じ属性になります。
いずれも時間経過を観客に任せていません。始まったら終わるまでノンストップです。

 

対して小説などは時間的な事は読者に任せています。
ですので、原作通りのものは作れない、作れるわけが無いのです。

 

「原作は面白かったのに、アニメはダメだ」
「原作よりアニメはいい出来だった」
「この脚本家は原作の描写力がない」
などと ”比べる” 事自体ナンセンスなのです。

 

「同じものは絶対に作れない」
この事実が原作モノをアニメ化する ”前提” としてあるのです。

 

この事実を、観客はわからなくても 専門家たる脚本家は知っておかなければならないのです。

 

それを自覚して「どうしたら原作者の意図を伝えられるか、どうしたら原作にない魅力を引き出せるか」については 真剣に考えてホンに反映させなければなりません。

 

本音を言いますと、管理者はアニメ化してつまんないモノが多すぎると思っています。
でもアニメ化された原作はたぶん面白い作品だったのでしょう。その「つまらなくなった責任は脚本家にある」と思います。

 

この「焼き直したら別ものになる原理」は、意外と原作者も分かっていなかったりします。

 

ラノベしか書いた事がなければそうなります。
ラノベが売れて、出版社がメディアミックス路線に乗せようとしてアニメ化を企画します。

 

原作者は・・・それは喜びます。でも出来あがったモノを見てこう思います。

 

「これは私の作品ではない・・・」

 

媒体の違うメディアに乗せるということは こういう事 なのです。

 

そして世間の評価ときたら なにもかにも原作者に帰属します。それを評するのは 原作とはなんぞや、媒体の違いはなんぞや、なんて考慮していません。

 

 「原作は面白かったのに、アニメはダメだな」と平然と言い放ちます。

 

こんな事態は脚本家が配慮するべきです。
配慮できなければ仕事を請け負ってはいけないのです。原作者とちゃんとコミュニケーションをとらなければいけないのです。

 

監督、プロデューサーを飛び越えても意志疎通は仕事としてやるべきなのです。

 

原作モノが台頭している、ということは脚本家が面白いホンを書けない、書いていない事実の裏返しでもあるのですから。

 

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第一章 シナリオ構築の全体像
  • 参考に過ぎません
  • 必要な作業とは
  • 小から大へ向かう
  • この作業に取り組める人とは

第二章 実作業に取り組みましょう
  1. テーマの設定
  2. ログラインの決定
  3. お話しの骨格を設定する
  4. キャラクターを作ってみよう
  5. プロット出しでアイディアを量産する
  6. 箱書きで構成を検討する
  7. 下書きシナリオ執筆
  8. 推敲と清書

第三章 お話しの作りはお手本からマネをする
  • 現実的な“マネ”とは

第四章 コンクールに応募する場合
  • 応募要項は鉄板ルール
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