秒速5センチメートル|シナリオスキル|変化
今回のお題は
「秒速5センチメートル」から読み解く変化、です。
やっとこの作品について書く気になりました。
新開誠監督の「秒速5センチメートル」は私がアニメに傾倒した、アニメを通じて脚本というものに興味を持ったキッカケの作品です。
他にもあると言えば、そうなのですが特に秒速5センチメートルは影響を受けました。
故に改めて観てから自分で発信するに当たり、相当な心構えが必要なのです。
大げさかもしれませんが一定の“覚悟”が要る作品なのです。
なんでそんな覚悟が必要かというと、
観るとどうしても心が動かされるからです。
あなたにもそんな作品があると思います。
それは非日常であり、また特別な感情を思い起こします。
なにせ観たらしばらくボーッとして何も出来なくなります。
大人的にそれがリスクになる場合もあるのですね。
切り替えが早い人なら、それはそれ、で割り切れるかと思いますし、それが大人というものかもしれませんが、中年になった私でもそこんところはなかなか克服できない部分でもあります。
だから安易に観られません。
いろんな感情を想起されて影響を受けてしまうのです。
それは決して楽観できるのものばかりでない、自分を追い詰める感情すらえぐってしまうのです。
そういったものに左右されるのは逆に歳とった証拠かも知れません。
私がこの作品を観た当時は、あまりに影響を受けすぎて作中に登場した篠原明里の転居先である両毛線の岩舟まで遠野貴樹と同じ経路で聖地巡礼に行きました。
さて、
新開誠監督のオリジナル映画アニメで2007年に公開されました。
監督、脚本、製作総指揮すべて新開さんがやっておられます。
新開監督は最近、「君の名は」でブレイクしました。
アニメをご存じない人でも知れ渡ってしまいました。
昔からゲームのオープニングなどを手がけているアニメ映像クリエイターであり、製作会社などのプロダクションに所属せずご自身独自で製作している人です。
セルライクCGアニメーションを得意としていて今回紹介する秒速5センチメートルも発色の美しい作品になっています。
キャッチコピーは
「どれほどの早さで生きれば、君にまた会えるのか。」
です。
特徴的なのが3部作がひとつの映画作品になっています。
3幕構成とはちょっと違いますが
第一話「桜花抄」
第二話「コスモナウト」
第三話「秒速5センチメートル」
で構成されています。
主人公の遠野貴樹の幼少期から成人になってしばらくしたところまでが描かれています。
ラブストーリーではありますが恋愛感情を通じて貴樹の想いと影響が綴られています。
その感受性が豊かな年代で変化する心情を語っています。
相手役のヒロインは小学校で出会った篠原明里です。
お互い似たもの同士で心が通い始めるところから始まります。
第一話の「桜花抄」では小学生から明里の転居が決まった小学校卒業まで描かれています。
子供の頃の変化とは無論当事者同士の心情も大きいのですが、それより親の都合であったり、環境によるところが影響します。
いつまでも一緒にいられる時間が過ぎていく、そんな当たり前が当たり前で無くなっていく状況と当事者同士の変化が描かれます。
雪の降り始めたある日の放課後、変化を補うため貴樹は明里に会いに行きます。
その過程でやっぱり普通が普通にいきません。
電車に乗って会いに行く、それだけでも上手くいかない状況が与えられています。
そのどうしようも無い中で貴樹は葛藤し苦しみます。
その結末は・・・ネタバレしません。
第二話ではサブタイトルが変わり貴樹が転校した先での状況が描かれます。
第一話では貴樹目線で書かれていますが、第二話では転校先の相手役である澄田花苗の目線で書かれています。
貴樹に一目惚れした花苗の想いと現実に焦点が合わされています。
花苗が感じた変化出来るものと、変化出来ないものが描かれています。
第三話はようやくここでメインタイトルが出てきます。
大人になった貴樹の目線で書かれていて、子供の頃の時間の変化と大人になってからの時間変化の違いが表現されています。
子供の頃の1時間、1日、1ヶ月と大人になってからのそれとは明らかにスピードが違います。
桜の花びらの落ちるスピードなんかより確実に早くなってしまいます。
それ故、時間に忙殺される日々が延々と続いていく、かつて失いたくないと切実に感じていたことでも大人になっていく過程で、その想いも変化していきます。
このように秒速5センチメートルは変化がテーマになっています。
子供から大人への変化、一番人の感受性が高い時期の変化が美しく描かれています。
当然、その当時その当時で同じ人物でも感じることが違ってきます。
それは我々でも同じ体験があるはずです。
大人は必要なことしか思い出しません。
でもかつてはいろんな感情で生きていました。
大人になった人がこの「秒速5センチメートル」を観ると確実に失った感情に気付くはずなのです。
絶対に無くしたくない、と当時感じていたことでも大人になる過程で捨てていくようになる。
その変化がこの作品では感じてしまうので私的には体力が要るんです。
そしてかつて価値を見いだして大切にしてきたものを失って何を獲得したのかと言えば、
実は当時の感情を上回るようなものでもありません。
大人になって酒を飲みたばこを吸っても、彼女が出来てセックスしても、子供の頃の純粋な感情を上回ることはない、のです。
それが大人になる、という変化、ある意味悲しい現実だと思います。
変化がテーマとなっていますが実は貴樹の感情には変化させたくないという心情が一貫して描かれています。
そうしてこれからも生き続けていく姿があります。
この作品はハッピーエンドで終わりません。
新海監督が「君の名は」のイントロダクションにおいてこう言われています。
『「秒速5センチメートル」では観た人からハッピーエンドにして欲しかったとの要望が強かったので「君の名は」ではハッピーエンドにした』
でも私的にはその様な結末にならなくて良かったのでは、と思います。
確かにハッピーエンドにすればカタルシスは解放されて満足度は上がるでしょう。
でもあえてハッピーエンドにしないことで伝わるものもあると思うのです。
映像から伝わる価値とは何もカタルシスの解放だけではありません。
秒速5センチメートルではハッピーエンドにしないことで観ている人に確実に印象を与えます。
傷を残す、とは言い過ぎですが「よかったよかった」で終わらせないで終わること、
つまりはいかに観ている人の感情に残せるか否か、に掛かってくるのです。
そしてハッピーエンドにしない、とは、それは我々の営みに適っているとも思えるのですね。
実際の所、そうじゃありませんか。私たちも。
淡い感情を貫いて今に至るなんて事は本当に稀なことなのです。
人間が成長する変化とはそういうものであり、普遍的な事です。
だからリアルライクに終わってくれて良かったと思いますし、だからこそ過去の感情に引きづられる、忘れていた感情を思い起こさせてくれる、だから観るだけでも覚悟がいるのです。
一回でも観ておくべき作品と評価します。
新開さんの作画には特徴もあります。
人物の作画には陰影を付けるのですが普通は陰影の濃さだけで絵を描きます。
新開さんの場合は陰影に段階を付けています。
特に人物につく陰影は淡い色を中間に挟んでいます。
これにより人物の印象がかなり柔らかくなります。
作画的に手間暇掛かりますが人物像の魅力に繋がっています。
「コスモナウト」ではコンビニの店内の描写がありますが棚に陳列されている商品一つ一つ描画してあります。
これって普通のアニメでは描かないことです。
そういった作画も見所のひとつです。
まだまだ私が感じた事ってもっとたくさんあるのですが今回はこれくらいにしておきます。
よかったら観てみて下さい。
とても切ない感情に気付くはずですので。