櫻子さんの足下には死体が埋まっている|シナリオスキル
今回のお題は
「櫻子さんの足下には死体が埋まっている」から読み解くシナリオに書ける専門性、です。
太田紫織さんの小説原作でアニメ版は2015年に放映されました。
リアルドラマ版も作られましたが、このコラムはアニメ版でお話します。
なぜならばリアルドラマがアニメ以上の表現なんて出来ないと思うからであります。
この作品はミステリーですが描かれている世界はイメージや色というものが先行しています。
物語の出来事をリアルライクに写しても魅力が伝わらない作品だと判断しました。
私は実際にリアルドラマの方は見ていないで言っていますが、両方見た人ならばどちらがこの作品のイメージをより表現出来ているのか、
お分かりになりと思います。
想像に難しくありません。
さて、アニメ的には、あおきえいさん率いるトロイカが作っています。
トロイカの前身は旧AICで、さすが仕上げ会社だっただけあって映像的にはとても美しく描かれています。
監督は加藤誠さんで、シリーズ構成は伊神貴代さんです。
伊神さんは幾原邦彦監督とやられることが多い脚本家です。
主人公で高校生の脇正太郎とヒロインの九条櫻子(くじょうさくらこ)が“骨”にまつわる出来事や事件を推理して真実を暴いていくミステリーです。
ミステリーなので観客と一緒に解き明かしていくストーリーテラーです。
今回のお題である“シナリオに書ける専門性”についてお話しする前にちょっとだけ言いたいのですが、
この作品はとにかくデザインが秀逸です。
原作によるところも多いのですが、よく考えられています。
タイトルについて、梶井基次郎さんの短編小説「櫻の樹の下には」の冒頭文である
“桜の木の下には屍体が埋まつてゐる!”
から引用してあります。
それをヒロインの名前と掛け合わせて作られているアイディアが秀逸です。
一度聞いたら忘れません。
さらにタイトルフォントのロゴだったり、第壱骨のサブタイトル
「骨愛ずる姫君」(ほねめずるひめぎみ)
のネーミングなど、
シナリオ書くならこういった気の利いたアイディアを表したいものです。
さてさて、シナリオに書ける専門性についてですが、
この作品は本当に多岐にわたる専門情報がお話しに載って表現されています。
櫻子の職業は“標本士”です。
人や動物の骨の標本を作る人ですが、物語は標本に留まらず解剖学的な部分まで及んでいます。
さらにこの作品のモチーフとして蝶があります。
その蝶ですら飛んでいるチョウチョに限らず人の骨格の中にある蝶にも言及しています。
こんなの専門家でなければ書けません。
他にも作品のタイトルのように文学的見識がなければ知り得ません。
シナリオに専門性が際立っていると見る人を引きつけます。
たぶん大多数の人が私と同じように蝶骸骨なんて知らないし、
梶井基次郎なんて知らないし、
夏目漱石の飼っていた犬が「ヘクター」という名前だったなんて知り得ません。
※実際に夏目家にいた犬の名前は「ヘクトー」だそうです。
特にアニメなどはそもそも文化系からプロになられる人が多いためか、文学、読書、美術系のお話しが多い印象があります。
理系と文系では明らかに文系に偏っています。
このようにあまり他人が知らない世界のお話しには魅力があります。
専門性の高いお話しを書くにはお勉強が必須となります。
作者が知り得ない情報は考証するしかありません。
調べてみてその世界を垣間見なければ書けません。
ネットが普及した今の時代、一定の情報は簡単に調べられます。
でもネットの情報は断片でしかありません。
昔は図書館に行かなければ分からないことが家で分かる程度です。
作品として世に出そうとするならもっとニッチな部分まで描かないと観客は納得しません。
それ故、舞台設定に地域性が伴うなら実際に現地に行って取材する必要が生じます。
時代劇を書くならその時代について学ばなければ書けないのです。
かなりの労力が想像されます。
そうとう面倒くさい考証を余儀なくされます。
だから安易に時代劇なんて書けません。
それでも我々には唯一武器になるものがあります。
それは
“経験” です。
およそ脚本家でも学校を卒業して即脚本家業になる人はごく稀だと思われます。
何らかの社会経験があってその後に脚本家になられているはずです。
社会経験、いわゆる職業経歴ですが、これが他人の知り得ない世界を描くには近道であり、説得力があります。
今までやってこられた職業を通して世界観を作ります。
その世界観はあなた様的には当たり前であっても、やったこともない他人は知らない魅力があります。
作者的に当たり前で書いてもつまらないと思っていることが、他人にしてみれば実はとても魅力的に写る場合があります。
だからシナリオを書く場合に全く知らない世界を書こうとするのでは無く、知っている世界、造詣の深い世界で構築するべきなのです。
自分の興味も無い、携わったこともない、面白いと思わない世界をウケ狙いで書いてはいけません。
それをやろうとすると同じシナリオの執筆にしても、とても辛い作業になるはずです。
少なくとも興味が無ければ書かれたシナリオが魅力を伝えられるわけがありません。
「全て知っていなければシナリオが書けない、なんて言うべきでない、想像や工夫で書け」
とはスクールなどで言われますが、それにしても限度があります。
ひとりの持っている情報量も経験もたかが知れています。
これが事実です。
だからどうしても知らない世界を書かねばならないのなら専門家に委ねるしかありません。
アニメ作品でもSF考証や時代考証、方言指導などその道の専門家がスタッフに加わっていることも珍しくありません。
それでも最強なのは人の経験なのです。
人生経験がシナリオに書くことの出来る最強の武器となります。
人は知らないことに興味を持つ習性があります。
例えニッチでもそのニッチに共感する人は必ずいます。
その様な人が映像を通して見てくれる観客となります。
できればその守備範囲は広い方がいい、
守備範囲とは人の原則に近い方が多くの人の共感を得られやすくなります。
この流れで“櫻子さんの足下には死体が埋まっている”のテーマにつなげます。
この作品のテーマはズバリ「死」です。
生き物が死んだ後に見える骨について描かれています。
“死”の先にある物事に焦点が当てられています。
死の概念には最強の普遍性があります。
誰もが直面することで誰もが知らない世界です。
知らない世界を人は知りたがります。
だからミステリーにうってつけの題材になります。
また、時系列で死が訪れたならば、その瞬間で大きく変化が起きます。
自分自身と周りの人の状況がガラッと変化します。
この作品のオープニングにログラインらしき文言が綴られています。
ー過去に囚われたモノたちへ贈る物語ー
この文言は原作者のものか、アニメ作品上の演出なのかは分かりませんが、死という事象を境に残された人のお話であることを示唆しています。
人の死という事象は最強の普遍性があります。
故にたくさんの人の共感を呼ぶ事が出来るのです。
「櫻子さんの足下には死体が埋まっている」では、誰もが必ず経験するであろう専門分野、つまり“死”というものが設定されています。
こんな事もこの作品を通じて読み取ることが出来るのです。