ラブライブ!ビジネス論 高坂穂乃果はCEO

このサイトの記事は 『c2013 プロジェクトラブライブ!』 よりビジネス論比較研究の為に引用させていただきました。

何かを得るということは何かを失うこと

 

何かを得るということは何かを失うことと同義です。

 

人間は基本欲張りな生き物なので今まであるもの、持っているものに「追加」しようとします。

 

でもそれはハッキリ言って無理です。例えば語学を勉強したければ勉強する時間を割かなくてはなりません。
今までの生活のサイクルに組み込むためのは、何か削除しなければネジ込めません。
そうしないと物理的に無理なのはお分かりかと思います。

 

英語を話したい、勉強したいと思ったとしたら、その瞬間から1日26時間生きられるわけではないのです。

 

穂乃果はアイドル活動全般の労力を授業中の睡眠で整合性を保っています。
海未に「眠る気満々ですね」と揶揄されますがこれは必然なのです。練習し続ける為には睡眠時間と授業時間を削除しなければ出来ないのです。

 

まだ学生ならば時間的にも経済的にも体力的にも余裕がありますが社会人となればそうはいきません。

 

管理者もその壁を乗り越えられず数々の挫折を味わいました。どうしても自分の生活に「追加」してしまって体力的にも精神的にも追い込まれてしまいます。
つくづく学生はなんで学生という時間を設けるのか思い知らされました。

 

時間があったってやらなければ意味はないのですが、それにしてもガチガチに仕事していて睡眠時間も削らなければ生活できないような状況ではなにもできません。当たり前です。

 

いくらやる気があっても何かを「失わなければ」何も出来ないのです。極端な話、仕事の時間が妨げになるのなら仕事を削る、またはやらないとするしかありません。
ここで大人は天秤にかけます。
やりたいことは仕事より優先すべきか、およそ答えはNOでしょう。管理者もそうして諦めてきました。
ですが物事に取り組むということは、諦めるに至るその原因を思い切って排除する事から始まります。

 

いわゆる覚悟が必要なのです。

 

よくエラい人や叩き上げで成功した人が経験談として「一念発起して」とか言います。

 

管理者は長い間、この一念発起の言葉の意味自体は分かっていても、どうすれば、何をすれば一念発起になるのか分かりませんでした。
そしてビジネス論を通じて悟りました。

 

一念発起という行動は目的のために何もかもかなぐり捨てて取り組むことなのだと。

 

そしてこの「なにもかも」にはありとあらゆるものが含まれます。「仕事の時間」「生活の時間」「飯の時間」「寝る時間」「暇な時間」「遊びに行く時間」など。
お金でいえば「生活費」「食費」「交際費」「その他支出」etc・・・

 

つまり仕事を辞めて取り組む、寝ないで取り組む、遊びに行かずに取り組む、生活費は家族兄弟親戚に援助してもらって取り組む、ということです。

 

ここで挫折する人は言い訳を考えます。
 「仕事辞められるわけね〜だろ」
 「そんなお金出してくれなんて言えない」と。管理者もそうでした。

 

でもそうしなければ変えられないのなら、そうしなければ実現するわけないのです。目的を達成する為に必要なものを確保する、目的を達成するにあたり障害となるものを徹底的に取り除く。これが「一念発起」という行動です。

 

もし一念発起するなら失敗は許されません。その覚悟があるか、ということです。

 

大抵は現実的でないとしてやりません。なので結局稼げない人生を送ります。

 

成功している人はこの覚悟を経て、問題を一つずつ解決して結果を導いています。
なので稼ぐべくして稼いでいます。やり方も工夫の仕方も人それぞれでしょう。境遇が違うのだから。

 

でも、もし成功したいと願うなら歳をとって身体が動かなくなる前にしなければならない覚悟なのです。この覚悟が成功した場合に限り、努力として評価され価値が生まれます。

 

何かを取り組む時、志を実行に移す時に必ず時間とお金の問題にぶち当たります。
努力とは歯を食いしばっているシーンを思い浮かべますが、なにも歯は食いしばらなくてもよくて問題を確実にクリアしていくことから始まります。
志の度合いと段階によりどの程度時間をとれば実現できるか考えます。

 

一念発起レベルなら大人の時間の大部分を占めている既存の仕事を辞めます。

 

そうすれば一日8時間は確保できるでしょう。一念発起レベルでなくても実現可能ならその程度にあわせた時間を割きます。
当然遊びに行く時間なんかありません。それを自覚しなければなりません。

 

仕事を辞めなければならないような取り組みであれば準備が必要になります。貯金も必要でしょうし、いつまでも失業保険も出る訳ではありません。
期限がある中で実現までの工程を設計しなければなりません。

 

自分で出来なければ人を頼るしかありません。自分の志に間違いがなければ頼むしかないのです。

 

親兄弟親戚友人に「お前はしょうがないヤツだな」と失望されても、そうしなければ実現しないのであればするしかないのです。

 

人の信用においても失うものが無くては得られないのです。頼めて支援してもらえたのなら、志が実現して利益が出たならばその時点でお返しをすればいいだけの事なのです。

 

このように簡単ではありません。

 

でもそれが嫌ならば今まで通りの生き方を継続するべきです。今までと同じ会社に勤めて、青く見える隣の芝を眺めて「俺もああなりたいな〜」と指をくわえていればいいのです。
半端な信念は信念にあらず、周りの迷惑でしかありません。
このあたりをじっくり自分と相談しなければならないのです。

 

時間とお金の確保が出来てもそれで終わりではありません。
あくまでスタートラインに立てたに過ぎません。そこからはもう己の情熱でしかありません。いかにモチベーションを保ち客観性を損なわず着実に前進していく事の方がよっぽど大変です。

 

でも恐れていては何も始りません。人生は短いのです。いつでも出来る、いつかやる、はいつまで経ってもやらない事と同義なのです。志をもって何かに取り組むことは有意義です。でも何かを得る事は何かを失う事で、失う決断をすることでもあるのです。これがリアルなのです。

 

この取り組みの積極性の高い低いが結果に大きく差を付けます。それもやるなら早く始めればそれだけ早い時間で結果が見込まれます。

 

しかも永遠に努力し続ける訳でもありません。
一定のレベルに達したら設計を見直します。その時はその時の現実に合わせた設計にすればいいのです。ある期間を一念発起できればその後の人生が大きく変わるでしょう。人生を変える為にはこれくらいの姿勢が無ければ成し得ないのです。

 

ダジャレではありませんが一念発起の”いちねん”とは1年ともとれます。1年仕事を休んで取り組んでみてください。たいがいかなりの結果が見込まれます。そして1年経過したらまた考えます。

 

結果と行動とそれに至った思考は局面で検証するべきです。
1年は長いでしょうか、大人になれば1年はとても短いと感じるはずです。その短い時間を自分の志に当てるだけでその後の何十年と続く人生に貢献するのです。

 

取り組みが甘ければ挫折、1年頑張れる仕組みができれば成功者に近づけます。

 

たった1年、これをどう見るかにかかっているのです。

 

人生の1年間を失ってみてください。

 

1年を見通せばその後で取り戻せないものなんて、さほどない事に気が付けます。

 

よほどやりたかった事を保留にした時間のほうが取り返しのつかないものになってしまうのです。

管理者著書

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