「昭和元禄落語心中」から読み解くシナリオ脚本スキル

昭和元禄落語心中|シナリオスキル|日本のオリジナル

今回のお題は

 

「昭和元禄落語心中」から読み解く日本のオリジナル、です。

 

日本のオリジナルと形容しましたが

 

“粋”、“艶”、“色気”

 

といったものについて考えてみたいと思います。

 

この作品はアニメでは珍しくかなりリアルライクに作り込まれています。

 

雲田はるこさんの漫画原作でアニメは第一期が2016年に、2017年に第二期が放映されました。

 

監督は畠山守さんで、シリーズ構成は熊谷純さんです。

 

各話脚本は中西やすひろさん、待田堂子さん、柿原優子さんで当代を代表する実力者が書いています。

 

この作品、アニメでは珍しくちゃんとした落語ものです。

 

主人公で後の八代目有楽亭八雲である菊比古と、同門の兄弟子で後の助六である初太郎の半生を描いています。

 

第一期は初老の菊比古、八代目八雲の回顧録的な語り口がメインなのですが・・・

 

第一期の第一話はなんだかとても長い尺があります。

 

ディレクターズカットですが1時間20分ぐらい使っています。

 

アニメ的には4話分くらいの分量で現代の(現代と言っても昭和の末期だと思われますが)師匠の八代目八雲が弟子入りを許した与太郎と兄弟子初太郎(後の助六)の娘、小夏との絡みから回顧録に至る流れになっています。

 

この長い前振りは第二期に繋がる仕組みになっていますが、第一期は八雲が与太郎と小夏に昔の話を聞かせるお話になっています。

 

語られている時代は大正の末期かと思われます。

 

菊比古の子供時代、夏の暑い日、養母に連れられて七代目有楽亭八雲のもとに弟子入りする菊比古の姿が描かれます。

 

ちなみに「菊比古」という名前も有楽亭に弟子入りしたあとに七代目が付けた名前、源氏名であり、菊比古に限らずキャストの本名はヒロインのみよ吉以外明かされません。

 

菊比古が初めて有楽亭の門をくぐろうとした時、先に割って入ったのが初太郎でした。

 

二人は同時に入門を許されますが、初太郎の方が菊比古より門をくぐったのが数秒早かったので兄弟の序列が決まりました。

 

さて、

 

この作品は落語ものでもあり、人生という時間変化を描いたものでもあります。

 

時代設定が近代と言うこともあり、昔の日本のいいところがたくさん見られます。

 

そう、今では見受けられなくなったような描写です。

 

その代表が申したとおりの

 

“粋”とか、“艶”とか、“色気”だと思います。

 

このような表現は日本独特のモノです。

 

“和”を描くときには必ず求められる要素です。

 

「粋」って、どんなものか、お分かりになるでしょうか。

 

どのような特徴があると思われますか?

 

とても感覚的であんまり文字で説明しにくい言葉でもあります。

 

いわゆる人の生き方の姿としての形容なので、こればっかりは実際に見て覚えるしかありません。

 

でも、現代の日本にはもう廃れた感覚なのかもしれません。

 

私の子供の頃にはまだ粋な人はよく見かけました。

 

とにかくカッコいいんですよ。

 

とても成熟した大人でないと まとえないスタイルです。

 

シナリオ的に「こんな感じ」といっても伝わらないので何かしら目に見える、耳に聞こえるようにしなければいけませんよね。

 

そこで“粋”とはどんな動作かといいますと

 

一番分かりやすいのはこの作品、昭和元禄落語心中でも見て感じることなんですが・・・

 

例えばたばこ、

 

現代ではそれこそ煙たがれています。

 

健康に悪いとか、周りに迷惑とか・・・

 

そのようなスペック面でしか多数の人は納得しない文化思考が蔓延しています。

 

私の話している“粋”とは人のアイデンティティのお話しであり、それは文化です。

 

ある側面だけかいつまんで良いだの悪いだのを判断するようないわゆる子供の発想ではない、のです。

 

極端にたばこを嫌う人も珍しくありませんが、ではなぜ今日までたばこが存在し続けているのでしょうか。

 

その答えが、かつての日本の文化だったからです。

 

菊比古は男ながら女っ気のある人物像です。

 

そんな美しい主人公にたばこを吸わせています。

 

それはたばこを吸わせた方が“粋”に見えるから、です。

 

いや、この場合、たばこを“呑む”といったほうが正確でしょう。

 

昔の大人は、大人としてたばこを呑んでいました。

 

これって現代の価値観で断ち切る訳にはいきません。

 

だって事実であり歴史だからです。

 

それを否定する人は日本の歴史を否定することと同じです。

 

下世話な嫌煙家の人はそんな意識なんか感じていないと思いますが。

 

男でも女でも、大人になればたばこを呑むものだったんですね。

 

たばこというアイテムは表現の一部として、大人の証としてちゃんと意味があるのです。

 

だから現代のように健康どうこう言うのは、

 

「無粋」

 

というものなんですね。

 

訳すとセンスが悪い、ということです。

 

大人がたばこを吸う目的はスタイルであり、健康目的ではないからです。

 

自分の大人としてのアイデンティティとしてたばこをたしなむんです。

 

嫌煙家の人の意見はまるで子供の意見である事が容易に理解出来ます。

 

衣装にも“粋”を表現することが出来ます。

 

着物の着方で「着流し」というものがあります。

 

男は胸元を開けて、女は襟を立てる着方ですが、いわゆる着物を崩して着ます。

 

一見だらしない着方ですが、現代の成人式で着物に慣れていなくて着崩れているとは違います。

 

あえて見栄えのいい着崩し方なので正確には“着こなしている”といったところでしょう。

 

こういった感覚も現代ではあまり見る事も出来ません。

 

若い人は理解も出来ないでしょう。

 

でもこの時代では常識だったのですね。

 

そのようなことも分からないとシナリオが書けないのでシナリオ以外の事にも是非興味を持って頂きたいのですね。

 

特に“和”については落語に限らず日本の文化的な行いには必ずと言っていいほど「粋」の概念があります。

 

お花を生けることでも、大衆芸能でもそうです。

 

今でも街中でおばあちゃんが着物の襟を立てているのを見るとカッコいいな〜、粋だな〜と思います。

 

次に“艶”について、

 

この作品のキャラデザは細井美恵子さんです。

 

線が太いハッキリした絵に色気が乗っています。

 

ヒロインのみよ吉は芸者なのですがとても魅力的に描かれています。

 

特に時代背景が戦後中心なので着物姿とモダンな衣装で登場したりします。

 

色気のあるキャラクターです。

 

みよ吉は菊比古に恋い焦がれて構いたがります。

 

菊比古も素っ気ない振りをしてかわしますが、みよ吉の魅力は認めています。

 

「いい女」

 

なんですね。

 

みよ吉はとても情熱的な女性です。

 

菊比古が初太郎にべったりなのであからさまに嫉妬します。

 

その女の武器として色気や艶といったものを使います。

 

色気、艶、嫉妬、情熱、そして逆恨み・・・

 

まるで七つの大罪を具現化したような描写があります。

 

でも今でこそ人はかなりドライに振る舞いますが昔の日本人はこんな側面がありました。

 

もちろん今でもありますが、ちょっと形が違いますね。今はもっと陰湿です。

 

みよ吉のキャラクターには本当に林原めぐみさんの声が似合います。

 

色っぽい声を出せる声優さんってめっきり減った気がします。

 

若い声優さんは総じてアニメ声で声の演技だけでなくタレント性も求められるのが昨今ですね。

 

林原めぐみさんは実力があります。

 

その声には艶があり色気が漂います。

 

キャスティングなど、このあたりはシナリオ的にどうにか出来る物でもありませんが、シナリオライターが声優を指名する権限なんてありませんし。

 

でも、イメージとしてト書きに注釈を入れることは出来ます。

 

その通りにならずとも他のスタッフに伝わればいいので、例えば有名な俳優や著名人の名前を挙げたり、有名な映画の1シーンで例えてみたり、そういったこともト書きには書けるのです。

 

この作品はちゃんと落語を聞かせます。

 

だから声優陣もベテランで実力があり和の表現ができる人が任されています。

 

圧巻なのが助六の最後の噺になってしまった「芝浜」です。

 

助六役の山寺宏一さんが見事に話しきっています。

 

菊比古役の石田彰さんも噺家を演じきっていますが、この作品はちゃんとはしょらずに噺を聞かせます。

 

正直、アニメでは表現の限界があるので落語の描写って難しい側面も垣間見えますが、なんとかカッコよくまとめてあります。

 

普段、落語なんてお金払ってまで聞きに行きませんが、それでも引き込まれる魅力のある作品に仕上がっています。

 

「和」を知りたい方は一見の価値あり、そんなことを感じさせてくれる「昭和元禄落語心中」です。


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