彼氏彼女の事情|シナリオスキル|極端な描写が与える印象
今回のお題は
「彼氏彼女の事情」から読み解く極端な描写が与える印象、です。
もう古い作品です。
1998年に放映されました。
監督、脚本はエヴァンゲリオンで有名な庵野秀明さんです。
庵野監督作品を知っている人はご存じでしょうが、とにかく個性的で独特な映像クリエイターです。
現代も個性の強い監督さんはおられますが、庵野監督ほどはじけた監督は見かけません。
今はもっと何というか、常識的ですね。
この作品は津田雅美さんの原作で少女漫画、学園恋愛ものです。
ガイナックスという老舗アニメ制作会社が手がけており、今はTRIGGERにて独立された若かりし頃の今石洋之氏や大塚雅彦氏の名前も散見されます。
さて、
この作品“カレカノ”は映像がとにかく個性的です。
いいとか、悪いとかというお話しではありません。
庵野監督の得意というか、世界観で構成されており普通のアニメ作品とは一線を画しています。
アニメでもアニメだけでなく実写写真にスクリーンをかけたショットをバンバン見せていったり、エヴァでも見られた信号機をたくさん描いて信号の色で感情表現してみたり、
後に活躍する現代のアニメクリエイター達に多大な影響を与えています。
シナリオ的にはたくさん要素はありますが、まずは両極端な描写が目に入ります。
お話し自体は学園ラブコメです。
ヒロインの宮沢雪野(みやざわゆきの)は高校1年ですが子供時代から異常なほどの“見栄王”です。
文武両道、品行方正、眉目秀麗、才色兼備?
とにかく何でも1番でなければ気が済まなくて、その為の努力は徹底して惜しまない性格のキャラクターです。
他人から賞賛されると「背中がゾクゾクってする」らしくてその快感に味をしめて、それだけ追求する女の子です。
そんな雪野が高校に入学するとその上を行く相手役の有馬総一郎と出会います。
この優等生2人がやがて恋人同士になるのですが互いの心情を描写する回が交互に見せられていたりします。
で、
ラブコメなんですが心の葛藤や揺れ動き、心情といったシリアスな描写とコメディの部分の落差がとにかく大きいのです。
もう極端な描写をされています。
雪野は元から美人なのですが、その美しい容姿なんか全く無視してコメディを描いていると思えば、
シリアスパートでは庵野ワールド全開であらゆる比喩表現にて繊細に描かれています。
なんか庵野監督の表現手法を「劇メーション」と称するのだそうですが、
いくつも並んだ信号機の色が赤あれば、葛藤や上手くいかない心情を表したり、青信号なら順調さを表したりしています。
赤信号の中にひとつだけ青ならば、変化の兆しを表したりしています。
工場の冷たいシルエット、切れた電線がぶら下がっている鉄塔など、こういった凝った表現がカレカノでもよく出てきます。
確かに描写に落差を付けるとシーンは際立ちます。
でもここまで破天荒に描かれているアニメは何でも描けるアニメといえども最近は見かけません。
コメディは総じてデフォルメです。
描写がやり過ぎてどの人物か分からないほどデフォルメされていればテロップでわざわざ注釈を入れてまで馬鹿騒ぎします。
対して雪野や総一郎のダークな部分をシリアスに描く場合は線画であったり、ただの光の玉であったり、見ている人の想像力を喚起させるような比喩で表されたりしています。
メインは雪野と総一郎が付き合うことによる化学反応でお互い飾らない生き方に至る変化を描いたものですが、
庵野監督は男と女が付き合ったらどうなるのか、もちゃんと描いています。
キスシーンやちょっとだけですが濡れ場もあります。
だからカレカノはれっきとした大人向けのアニメなのです。
このように面白おかしくするシーンとシリアスな心情表現のシーンが徹底的に、それも極端に描かれていて、それが見ている人の印象を強くしています。
特にシリアスなシーンは秀逸な表現がよく目立ちます。
ひとつだけ紹介します。
恋愛感情を告白したのは総一郎の方が先でした。
雪野も同じ気持ちなのですが、その気持ちを総一郎に伝える事がなかなか上手くいきません。
何とか可及的速やかに「好き」と言わなければならない、でも失敗します。
切磋琢磨したその後に雪野は怯えてしまいます。
気持ちを伝えたが為に破綻するかもしれない、離れてしまう結果を恐れます。
雪野の離れたくないという感情が返って互いの心を離します。
雪野は妹たちの助言を元に考えて覚悟を決めます。
その時のセリフがとても印象的でした。
○会議室・内
体育祭役員会議、並んで席に座って話を聞いている雪野と総一郎、総一郎が背もたれにもたれる、左手はペンを持ち右手は雪野の方にぶら下がる。それを横目で見ている雪野、
雪野(M)「もし、傷つくのなら、最初の相手は有馬がいいわ」
そして告白では無く、雪野は総一郎の手を握ることで意思を伝えます。