電脳コイル|シナリオスキル|子供の未来感と話の枕
今回のお題は
「電脳コイル」から読み解く子供の未来感と話の枕、です。
今でもアニメの主人公やヒロインの描かれている年代とは、圧倒的に高校時代であると思われます。
それには合理的な理由があります。
ひとつ、一定の“大人性”がある年代であること
キャラクターに載せられる人の個性とはある程度大人的でなければ話が進みません。
迷い、葛藤、決断力、行動力、洞察力、恋愛行動力などなど・・・
実際のJKや高校生はアニメで描かれている人物のそれよりはるかに幼稚であります。
私の子供時代よりそうとう進んでいるものの、物語を引っ張るほどの主体性はまだ未熟なのが現実です。
それでも違和感のない年代の最大公約数が高校時代になると思われます。
容姿も若い人物で大人と同じサイズで大人の事情を載せてみても違和感がありません。
ひとつ、アニメ的には作画が楽です。
高校生のスタイルとは基本制服姿なので一度デザインしたらシリーズ通して使い回しが出来ます。
効率的です。
もうひとつはアクションのカセが少ないことです。
動くことに年代的な制約が少なくて済みます。
私みたいなオッサンがいきなりダッシュさせられたら間違いなく動けなくなります。
そんなハンデがあまりないので自由な創作を妨げません。
私的には大人を描いたアニメ作品も楽しめるし好きですが、自由度から言ったら間違いなく高校生のほうが拡張性に富んでいるのです。
アニメではなんでも絵として描けてしまうので、フィクションとして年代よりかなり進んだ人格を載せられる、という訳です。
それじゃ、絶対に高校生でなければならないのか、というとそうではありません。
今回紹介する「電脳コイル」はそういった大人感を小学生の高学年に当てた作品です。
高校生に大人感を載せるとかなり説得力が出るわけですが、本来小学校高学年では特異的な人物でしか耐えられません。
そこんところを未来感で補いつつ、成長過程の子供の姿を描いています。
そしてその未来感とリアルの融合に上手くいった作品でもあるのです。
「電脳コイル」は2007年に公開されたNHKアニメです。
制作は老舗のマッドハウスで原作、監督、脚本は磯光雄さんです。
この作品は数々の受賞実績があります。
私は、普段NHKで放映されるアニメを見ませんがこの作品は確かに面白い。
この時代、2007年当時では珍しかったであろうウェラブルコンピューティングや自動運転技術をモチーフにしています。
ガジェットにメガネを用いており、一般にITが普及しているツールとしてすこぶる整合性の取れた設定があります。
この記事を書いているのが2021年ですので、企画構想段階から数えれば15年以上前の考案であると思われます。
にもかかわらずかなり精度の優れた世界観を描いています。
この未来感、これがこの作品の最大の見せ所です。
メガネを通してでなければ見えない世界に未知の要素がふんだんに盛り込まれていて、しかも子供の興味をそそるような摩訶不思議で「怖い」設定があります。
お化けや超自然は条件なく子供の興味をそそります。
大人でも十分興味深いものでもありますが、本気で気持ちを向けられるのが子供というものです。
現世とは違う世界の存在、イリーガルのような未確認の生物(?)、死との繋がりや「みちこさん」のような傀儡、「あっちに行ったら帰ってこられなくなる」という脅迫・・・
「デンスケ」や「ミゼット」のような電脳ペットと呼ばれる存在の特異性、違法性も兼ね備えることが出来たりします。
メタバグやキラバグなどのガジェットや「さっちー」のような警察的敵対者の存在など、磯光雄さんの考える未来感がたくさん見られます。
それらは未来感と現実感の違いを「メガネを掛ける」か否かで線決めされており、人物たちはメガネを使うかどうかで出入りが出来ます。
電脳世界の設計が非常に長けており、翻弄される登場人物のリアクションを見ていても楽しさがあります。
お話は二人の「ゆうこ」が引っ張ります。
メインヒロインの「小此木優子(おこのぎゆうこ)」は品行方正な、いたって常識的な普通の女の子です。金沢市から舞台の大黒市に転校してきました。
優子の優は優しい優なので劇中「ヤサコ」と呼ばれます。
もう一人のゆうこ「天沢勇子(あまさわゆうこ)」はヤサコと同じような時期に転校してきました。かなり大人な人物設定が成されていて、暗い過去や背負ったものがありヤサコとは対照的です。
こちらの勇子の勇は勇ましい勇なので「イサコ」と呼ばれます。
この二人が物語を通じて運命的な接点にたどり着く、といった流れなのですが、電脳世界をめぐるいろんな事件を経て核心へ向かうストーリーテラーになっています。
電脳世界での活躍は非常にアクティブで飽きません。
特筆したいのが現実との乖離が行き過ぎてしまったときの大人たち、親たちの反応です。
子供は面白いことを見つけたら見境無くのめり込むものです。夢中になりすぎて時として羽目を外しすぎます。
そのようなときに劇中の親たちはどうしたのでしょうか。
後半、そのような事態に陥ったヤサコたちに親たちはメガネを取り上げました。
印象深いエピソードがあります。
ヤサコとイサコは対立軸にいますが、エスカレートして事故を起こして二人とも怪我を負う場面があります。
そのようなときヤサコの母親はヤサコに諭します。
私は親でもあるので「このようなときに親はどうするべきか」が明確に描かれています。
具体的には見てほしいのですが、一様にメガネを取り上げられた子供たちは日常に退屈してしまいます。
いかに電脳世界に魅せられていたのか、子供たちの生きている時間に影響を与えていたのかの対比が示されています。
その後の展開がクライマックスへと繋がるのですが、この葛藤があるから子供は大人へ成長していけるのだと思います。
そこんところをドラえもんが登場しなくても証明しているところが磯光雄さんの考えた世界観の価値だと思います。
アニメ好きなら見てほしい逸品です。
もう一つ、シナリオ的にはこの作品、各話の冒頭に「話の枕」が置かれています。
「電脳コイル」はアパンというくくりでは見せていません。ダイレクトにオープニングからアイキャッチが入ってヤサコのナレーションが入ります。
アパンの概念のないあたり、NHKらしいのですがそれを補うがごとく「話の枕」としてお話の現在位置をヤサコが語ります。
第一話は
「子供たちの噂によると大黒市では最近、ペットの行方不明事件が多発しているそうです」
でした。
一定のパターンで短い説明をするのですが、面白いので頑張って紹介します。
- 子供たちの噂によると大黒市では最近、ペットの行方不明事件が多発しているそうです
- 都市伝説によると、ミチコさんを呼び出した子供はあっちへ連れてかれるそうです
- 業界の噂によると、メガネには知られていない隠し機能があるそうです
- ネットの噂によると、数年前にある暗号屋が空間を破壊しようとしたそうです
- ネットの噂によると、メタバグの中には時として音や映像などの情報が含まれているそうです
- 新聞によると、メガネを掛けた子供の交通事故が増えているそうです
- 人の世の噂では、会いたい人のことをずっと考えているとふいにバッタリと出会うことがあるそうです
- 都市伝説によると、メガネを掛けたままで眠って夢のなかであっちに入り込んでしまった子供がいたそうです
- 子供の噂では、ミチコさんの正体はイリーガルではないかとささやかれています
- ネットの噂によると、メガネが発売されるずっと前から中津交差点は事故の多い怪奇スポットだったそうです
- ある統計によると、小学6年生が男女でケンカした場合女子のほうが勝つ確率が少し高いそうです
- ヒゲたちの噂によると、紀元5千5百5十分ヤサコ様が約束の地にお導きくださるそうです
- 昔の人の言葉によると、本来人は必ず自分の進むべき道を知っているそうです、でも一番大事な道こそ見失いがちなのだそうです
- 業界の噂によると、ミゼットシリーズが発売禁止になったのは隠し撮りや盗み聞きに悪用できるからだそうです(アキラ)
- 駅向こうの子供たちの噂では、古い空間の最も深い部分には危険なイリーガルが住んでいるそうです
- 業界の噂によると、最初にメガネを作った会社は心で思い浮かべたものを電脳物質化する技術を発明したそうです、でもその後どうなったかは誰も知りません
- 人は死んだらどうなるのか、その心はどこに行くのか本当のことは誰も知りません
- ネットの噂によると、メガネの設計や開発の過程は複雑な利権と歴史に彩られているそうです
- 関係者の噂によると、イマーゴと電脳医療には深い関わりがあるそうです
- 私の古い記憶によると、最初に用意された身体は命のない空っぽの器だっだそうです
- メガネの開発の歴史によると、昔は様々な投影技術が研究されていたそうです
- 業界の噂によると、イマーゴ機能を外すことが出来なかったメガマスは空間の方を改良したそうです
- ヌルたちによると、彼らが苦しみのタネを食べる内に苦しみを求める生き物としての命を得たそうです
- 天沢勇子の言葉によると、人と人とを繋ぐ心の道は細く途切れやすいそうです
- コイルスの資料によると、ヌルキャリアははじめ心のかけらを集める探査装置だったそうです
- 都市伝説によると、電脳ペットは死んだ後ある場所に移り住むそうです
この言葉をヤサコ役の折笠富美子さんが感情込めて語っています。
物語のシークエンスを端的に表した言葉で綴っていて区切りを演出しています。
これはシナリオ的に面白い仕組みであり、使える書き方だと思います。
また本来、ナレーションとはこのような使い方が適切なのではないでしょうか。
昨今、アニメだから許されるといってNやMの描写が乱発されていますが、感情のない表現も多いのです。
シナリオならばちゃんとト書きで表すべきであり、NやMは補助的なほうが向いています。
この一連の「話の枕」は読んでみれば分かりますが、とても考えられた文脈で設計されています。
単に聞き流すだけではもったいない内容に仕上がっています。
原作、監督、脚本の磯光雄さんは絵描き出身ですが「電脳コイル」ではたくさん賞を取りました。
ですがそれ以降、目立った作品を作られていません。
私的にスゲーと思ったクリエイターなのでまた作ってほしいと思う次第であります。